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論文「露国に対する冬期作戦上の一慮」に込めた思い その一 二度目の中隊長再始動 [福島大尉の実行力を訪ねてー八甲田山以降の歩み②]

二度目の中隊長フルパワーで始動

始めに

ブログ「論文「降雪・積雪の戦術上に及ぼす影響」においてわれ虚名を釣らず その七 立見師団長再び登場」に於いて、”熟者”に事を為す、の響きを感じ、これを契機として熟者『事を為すリーダー』福島大尉への歩みを思う旅を始めた。

この旅も、士官任官に遡り八甲田山雪中行軍までを辿り、そして前号の論文「影響」シリーズ即ち八甲田山以降の歩み①を以て一応時系列的には追いついた。従って今稿から、八甲田山以降の歩み②を始めたい。山形歩兵三十二連隊中隊長として赴任し、論文「露国に対する冬期作戦上の一慮」の提出に係る思い旅である。

山形歩兵第三十二連隊第十中隊長として転属した福島大尉は二度目の中隊長勤務をフルパワーで再始動した。中隊の掌握、下士等の教育訓練に励みつつ、早速2つの提案を行う。t旅団長への極諌の余波等吹っ切るような勢いであった。自分の信じる処を断行する、指導者及び管理者としての、従前同様の姿を見ることが出来る。まずはここを押さえてから・・・。

一つ、下士教育方針に見る情熱

特に下士教育は福島大尉が最も重視したものである。下士は単に自己の職責を果たし、部下を訓導し得るだけではなく、直上官に代わって職責を支障なく果たせなければならない、との信念で、学・術科の教育を自ら担当し、隊付将校に一部を分担させた。着任当初から弘前中隊長同様に情熱を傾けた。

二つ、団隊長会議資料進達

一つ目、全般

明治36年11月11日付で第10中隊長福島大尉は第三十二連隊長森川 武宛てに、進達している。

全12項目、①連隊副官は従前通り大尉を以て充てる、が良い。②屯営外壕の養魚権を連隊に付せられたし。③軍隊に作業用帽子を付せられたし。④休養掛を曹長とせられたし。⑤短期伍長を1年半ずつ引き続き再役せられたし。⑥機動演習の際、兵卒の糧食は屯営出発前日より、とせられたし。⑦雪靴試験の為、今冬特別に当連隊に増額ありたし。⑧名誉射撃(射撃競技会?)は各連隊同一日に行われたし。⑨週番士官の半数は旧規則の如く、日夕点呼後に退営せしめる事を望む。⑩大尉の冬季作業を全廃し、中尉の冬季作業中に自撰問題を加える事を望む。⑪各隊に演習用携帯天幕の支給を望む。⑫第2種帽の顎紐を廃すること。

実現性の当否は別にして問題意識そのものに福島大尉の考え方、取り組み方が良く表れている。全般に実際性、合理性や隊員保護の観点からなされているが、陸軍が抱える大問題、という点で⑤⑦について深堀してみたい。

二つ目、短期伍長を1年半ずつ延長する提案の理由

今日軍隊に於いて下士の欠乏を生ずる所以はこの点にあり、軍の都合と個人の都合の最も良い折り合い点をさがさねばならない。新案と云うよりは復旧の問題である。

この点についてはかって青森県知事弘前屯営視察時に福島大尉が激論を交わした事。第五連隊遭難事故の収拾に際し、下士募集への影響を避ける配慮がすべてに優先した、事などからその重い意識が理解できる。

陸軍全体と兵士個々への配慮が両々相まっている福島大尉を最も端的に表している。

三つ目、雪靴試験の演習費の増額要望の理由

以下極力原文(意)に忠実に引用する。「冬季演習は年々歳々各地に於いて実施せられつつあるも、多くは雪中に於ける行軍のみにして単に教育訓練に力を用い、未だかって雪靴試験等直接軍隊の施設に必要なる研究を行いたることを聞かず。依って茲に着意するところあり。本年冬季に於いて雪中に於ける各種演習を兼ね併せて雪靴試験の実験を行なわんとす。其の工夫を凝らし、其の構造法を研究し、将来の参考に供せんとするに在り。」

論文『降雪』でも露軍ワルシャワ軍管区で30種の雪靴試験を行った事を紹介している、ように露軍や装具等の寒地研究への関心は深い。露軍の研究に比べ我が陸軍の進捗度は遥かに遅れている。学び・並びを過ぎ、越えなければ国難日露戦は勝てない。福島大尉の本気の思いはいや増すばかり。

雪中行軍のみならず露営の訓練を、更に行軍法や装具等の研究調査を幅広くやらねばならない、との福島大尉の篤さは本物である。

三つ、標的演習教法或いは分隊的使用教法提案

一つ目、概要

明治37 年1 月提出、と表書。独軍及び偕行社記事305号(・・・)に触発され自隊で試作運用し其の成果を纏め紹介せんとしたもの。『我が国に在って未だ野外において誘導標的を使用し演習を施行するものあるを知らず』、『戦闘射撃予行演習を進化させたものと謂うも可也或いは兵棋と実設敵演習の折衷と考えるも可也』と端的に述べている。福島大尉の積極進取の気分がよく表れている。

二つ目、問題意識

現行野外要務令では仮設敵は標旗一本で示しており、部隊の規模・占める正面の広狭等は表現されない。又仮設敵に対する射撃照準は標旗の周辺を無意味に行っている。戦闘射撃予行は植立した標旗に対し行わざるを得ない状況であり、敵のなすべき隠顕・起伏等が自由自在にできるものがあれば殆ど実設敵演習と同じ効果を挙げられる。

三つ目、提案内容

一番目、的の概要

現在独軍が使用しているものと同じ分隊的を使用する。構造・用法は長い木槓に人像的を4ヶつけ、兵が一人ついて、計仮設的4・実兵1の計5的となる。実兵は取り付け・運搬・操作、分隊長動作を行う。(5名的の場合)費用は84銭、縮尺は1/20、木工職人2日間で作成。

二番目、演習の方法

その一、実員部隊対分隊的部隊の場合

標的の指揮官は仮設的部隊の司令、兵員の寡少なるため実員対抗演習実施の困難克服が主眼。

その二、彼我共に分隊的を使用する場合

対抗演習として、主として小隊長・分隊長の指揮法を訓練する。

その三、分隊的を使用し、戦闘教練を兵卒各個に行う場合

各個散兵動作から伍の動作、次いで分隊内動作の順。分隊内動作は分隊内標準者になることであり、分隊長の任務を理解するに如かず。従って分隊的操作をその場として活用する。

その四、分隊的を使用し、密集教練の基本の解説や嚮導の行進法を演習する場合

密集隊形は中隊の中にあっての動きであり、本方法を含む各種の工夫が必要。又下士の嚮導は最も困難とするところであり、慣熟させんとすれば分隊的使用も考えなければならない。

その五、分隊的を使用し、距離測量或いは戦闘射撃予行演習を行う場合

分隊的を使用(誘導的に)する事で攻撃にも防御の戦闘射撃予行にも活用できる。

その六、小纏め

福島大尉が平素の訓練に臨む2つのスタンスが窺える。仮設敵(的)部隊にも指揮官を設ける等あらゆる場を訓練に活用する、という真摯な取り組みと人員の制約等を踏まえた実戦的・実際的訓練を追求する姿勢である。

終わりに

中隊長は水を得た魚のようである、t旅団長への極諌の余波を微塵も感じさせない。と云うよりは深い覚悟を秘めた再始動であった。

きっと忠君報国の奇勲をたてて見せる、との篤い思いは勿論だが、その深い処で、立見師団長が極諌問題の最後に示した本心に対し、己を士として識ってくれている師団長の為に死をも厭わない、との思いも渦巻いていたように思える。

在るべき姿に到達させる為の指導者としての情熱。あるべき姿に到達させる為に問題を把握し対策や改善策を講じる管理者としての篤い思いと実行力が強く迫ってくる。

この稿終わり
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