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論文「露国に対する冬期作戦上の一慮」に込めた思い その四 訴えたかったもの(続・続) [福島大尉の実行力を訪ねてー八甲田山以降の歩み②]

八つ、(第7、8、9章)防護の為個人レベルで役立つものー現状に満足しない思い

福島大尉はより良い隊員防護を本気で追求し続ける、今までを越えるもの、今までで足りないもの等に就いての目線は貪欲である。

一つ目(第7章) 防寒具に就いての卑見

一番目( 其1)寒時の服装

かっての独国駐在の某氏の報告中の一節を紹介している。
独国連隊に於いては寒気の強い時、将校は襟若しくは裏地に毛布を使った外套及び寛かなる毛織の手袋をつけ、メリヤスの脈温めを手首に巻き、毛氈裏の長靴若しくは通常の長靴の上に護謨製半靴を穿っている。独軍の防寒に対する注意は周到である。

二番目(其2) 防寒用護謨靴

福島大尉の冬季に於ける靴へのこだわりは半端ではない。実験行軍の実施報告や論文「影響」で度々、観て来たところである。

つまるところ正規の寛大な軍靴を使用する以外に妙案はなく、在独将校の報告を引いて、冬季防寒用護謨靴を支給する事が至当である、と結論づけている。護謨靴が有益であり、昨冬より之を穿用実験した結果、防寒用として大いに効力有る事が分かった。

昨冬の穿用実験とは団隊長会議資料の中にあった雪靴実験の中に護謨靴が含まれていた事を物語っている。常に追い続ける思い(執念)の篤さがこの行に籠っている。

三番目(其3) 防寒用腹帯

又腹巻にも着目している。防寒用具として腹巻は必要欠くべからざるものなり。此腹巻には蕃椒(とうがらし)を容れるを可とす。蕃椒・胡椒の類は軽便なる防寒材なり。

二つ目(第8章) 寒時の糧食

一番目(其1)予備糧食

寒中は食欲増進し殊に労働後に在りては決して定量の食物をもって足りるものではないので冬季は一般に予備糧食等の準備を充分にしなければならない。適する食べ物として、道明寺糒、麺麭、乾麺麭、餅、凍り餅何れも可也。其の他に盛岡付近において製する焼米を挙げているがこれは製法は確認しているが保存性については未確認と断っている。

二番目(其2)雪中に於いて道明寺糒を用いる場合の注意

雪中に露営し水無き時に煮る方法は先ず其袋の口を開き内部にある糒と同容積の雪をいれて撹拌し、再び其の口を括り浅く地上に掘りて埋め其の上に焚火を為すか露営火の近傍に之を暖むるなり。然る時は約4,50分間にして食することを得。

新たに加わった道明寺糒を含め、焼き米を除いては保存性・製法・食用法などについて調査(実験)ずみである。此処が凄い!と思う。八甲田山雪中行軍において田代台での露営後の空家での2時間の休養が49時間の不眠・不食行軍を支えた経験から厳しい寒気の中でも保存でき、直ぐ調理できて食べやすく、腹持ちの良いものを誰よりも真剣に求め続けた事を理解すべし、である。

そして凄い!について少し触れたい。
此処に到るまでの予備糧食調査の過程を振り返ると継続して篤い思いを持ち続けた事が良く分る。
岩木山雪中行軍実施報告での扱い
第11雪中行軍に於ける糧食で、寒時食料を増加すべし、を強調しているが予備糧食に就いては言及なし。

八甲田山雪中行軍実施報告での扱い
第14行軍実施に依って得たる結果 第41で雪中行軍の際予備糧食として餅を携行するは利あり。之に砂糖を混ぜる時は氷結の害を防ぐ。寒時の予備糧食として焼米或いは氷餅は適当なり。然れども虫害或いは黴気等の患を防ぐ方法は尚研究せざるべからず

論文「影響」では言及なし。

そして今回では上記に到った訳である。ー再度の中隊長勤務の間に調査を継続し、予備糧食の種類を大幅に増やした。福島大尉は一貫して情熱を持って予備糧食を調べ続けている。

三つ目(第9章)寒時の衛生

実験の結果に基づく1,2の所見を述べん、と特に注意喚起を要する事項に絞って記述している。

一番目(其1) 凍傷、感冒、眼病、卒倒

凍傷については寒気に触れる所より始まるを一般とす。たとえば踵の破れた靴下を穿つ時は先ず此の部分の肉紫赤色に変し血流死す。靴よりも藁沓を穿つ者に凍傷多いのは中に水分が侵入するからであり、乾雪の際は湿雪の時と異なり藁沓は普通の靴より暖にして好し。

感冒については露営等の際に燎火を熾盛にする事

眼病は日光の反射よりも露営の際生木を焚き其煤煙に眼目を曝し之が為に多くの患者を発生することあり。八甲田山雪中行軍における田代台での露営時に生木を焚いた時の燻りで目を傷めた経験を想起したであろう。

卒倒は疲労、空腹等に由って生ず。その前兆は人によって異なる。視力の減退するもの、膝関節に異常を感じるもの、胸塞がり嘔吐する者等あり。これらを癒し元気を回復せしめるには焚火にて体を暖め、食物與フルを要す。肉汁・味噌汁等大いに効験あり。
岩木山雪中行軍に於ける卒倒者がその後の民家に於ける給養特に味噌汁によって回復した経験が大きい。

二番目(其2) 寒気と酒の関係

酒は程度問題である。飲酒の後体温を滅するの害は之を疲労、空腹の際に一杯の酒を得て元気を回復するの利と比較し其得失如何を顧みるにある。

畢竟するに、酒精を薬剤の代用となすは可なれども多く飲むは不可なり、飲まざるは上乗なり。

以上から特に一番目は何れも岩木山や八甲田山雪中行軍での深刻な体験に基づくもので、夫々の実施報告中に繰り返し述べている事である。福島大尉の血となり肉となっている見解である。又二番目も福島大尉が研究調査の主要なテーマとしてきたものであり、その集大成の見解があるとも言える。

九つ、(第10章結論)ー何故結論で予想外対処か

結論に於いて、遂に不利の境遇に陥るを免れさりし所以のものは要するに其の発生せし予想外の事変を処置すること能はさりしに基因する者ならすんばあらず蓋し予想外の事変を違算なく処置し得ると否とは素より人々の天賦に由るべしと雖も亦平常に於ける準備の良否と注意の深浅には少なからざる関係を有するものなること疑いなかるべし、と述べている。

何故予想外が結論なのであろうか。

私は論文「影響」を思い出す。福島大尉は冬季の戦いでは陪従する困難があり、その陪従する困難の克捷方略について力を込めて語っている。

冬季行動はそれだけで困難である。山地や平地などの地形特性が降雪積雪、寒気、寒風等により千変万化する。更に冬季なるが故の兵士を守るべき特別の考慮ーその考慮要素は地形等の変化に応じ、複雑怪奇であるーが加わる。そして戦い特に対露の難しさも加わり、陪従する困難となる。この陪従する困難は予想外の困難を齎す。

論文「一慮」は福島大尉の中では論文「影響」とセットである。この理解がないとこの答えには辿りつかない。

終わりに

この稿を書き進むうち、福島大尉が行って来た実験行軍などへの篤い思いや厳しい状況の中で体験したからこその、福島大尉以外の者では持ち得ない、知見がどんどん迫ってきた。そして、途中で書き記したように、その知見は論文の下敷き、に止めている。

言い換えれば経験を表に出して語る事をしていない。自分の体験や研究成果などをベースに論を構成した方が説得力がありそうに思うが、福島大尉はそうしていない。ここが”肝”、と思えてきた・・・。

下敷き、と感じる事で福島大尉の奥深さを本当に識る事になる、と思う。

この稿終わり
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